Flash Fiction(ショートショート)– category –
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ショートショート 究極のミニマリスト
その男の部屋には、ベッドも、机も、テレビも、冷蔵庫さえなかった。六畳ほどの白い部屋の真ん中に、ぽつんと一脚だけ置かれた、木の椅子。 男はそこで、毎朝、白湯を一杯飲み、ゆっくりと座り、外の光が壁を移ろうのを黙って見ていた。 「不便じゃないん... -
ショートショート 願うだけで?
「人生、願えば叶うって本当だと思う?」 深夜2時、コンビニの前。コンビニバイト帰りの菜月は、同僚の蓮に問いかけた。 「引き寄せの法則ってやつ?オレ、正直あんま信じてないんだよね」と蓮は缶コーヒーを開ける。 「でもさ、私、ずっと“脚本家になりた... -
ショートショート メールは返信しない
舞台は東京。広告代理店で働く若き女性プランナー、ミサキは、バリバリの成果主義の中で生きていた。 メールは即レス、SNSは即更新、クライアントには即提案。「動いて、動いて、動き続けろ。止まったら死ぬ」とまで言われる世界。 けれど、ある日、同じ部... -
ショートショート 歪んだ女
休日の午後、ミドリは一人で美術館にいた。 目の前には、ピカソの一枚の絵——《女の肖像》。 顔のパーツはバラバラに配置され、目は横を、口は正面を、そして鼻は横を向いている。まるで何かを拒絶するかのような、複雑な女性の表情。 「……なぜこの絵が有名... -
ショートショート 自由な風
彼の名はリク。かつては広告代理店に勤め、毎日同じ通勤電車に揺られ、ガムシャラに働いていた。 ある日、ふと目覚めた朝、窓の外を風が通り過ぎた。――こんなに風って、自由だったっけ。その瞬間、リクはすべてを捨てた。家も仕事も、肩書きも。ノートPCひ... -
ショートショート 最後の作戦
作戦開始から36時間が経過していた。廃工場の地下、通信は途絶え、仲間の姿も見えない。 「……お前だけか。生き残ってるのは」 レオンは銃を下ろし、傷だらけの仲間――アイラに近づいた。 「そう、あたしだけよ。他の連中は……全員やられた」 レオンは警戒を... -
ショートショート もう一人の自分
朝、目覚めると部屋にもう一人の自分がいた。「やっと起きたか」鏡の中の存在が、こちらを睨んでいた。 それは紛れもなく自分だった。ただし、いつからか捨ててきた顔をしていた。感情に振り回され、過敏で、脆く、鋭く、そしてうるさかった。 「ずっとこ... -
ショートショート 太陽の東、月の西
海辺の古い町で、ひとつの噂が囁かれていた。 ――本当に愛した人に、もう一度だけ会える場所がある。 それは、「太陽の東、月の西」と呼ばれるどこにもない場所。 高校時代の恋人、紗季を失ってから10年。 直哉はどこか半分だけ抜け落ちたような人生を... -
ショートショート 硝子の月
夜明け前の街角、透き通るような月が空に浮かんでいた。人々はまだ眠っていて、世界には自分一人しかいないような気がした。 拓海は、その月を見上げながら歩いていた。職場での人間関係に疲れ、何もかもから離れたくなった夜だった。 ふと、月の中に誰か... -
ショートショート かくれんぼ
彼女のことが好きでたまらなかった。でも、一緒にいると決まって言い争いになった。 彼女はいつも、はっきりとものを言う。人の顔色を伺わない。間違っていると思えば、たとえ相手が店員でも上司でも、鋭く指摘した。それがぼくには怖くて、眩しかった。 ...