その街では、「差別的な言葉」は、完全に撲滅されていた。
言葉を扱うAI「コレクトくん」がすべての発言をリアルタイムで検閲・修正しているからだ。
「あの子、ブスよね」
「あの子は見た目がちょっと個性的ね」
「ホームレスが駅前にいて……」
「定住型住居を持たない都市型生活者の方が駅前にいて……」
住民たちは、誤った発言をしないように、毎日「発言フィットネスジム」で言い換えのトレーニングを欠かさない。
そんな中、ある男がこの街に引っ越してきた。
名はジロー。田舎から来た、ちょっとだけ言葉が乱暴な男だった。
「オレさ、こういう細けぇ言葉遣いって苦手なんだよなあ。正直、面倒くせぇよ」
周囲の住民は息を呑んだ。
次の瞬間、空からドローンが降下してきて、ジローの肩に「言語リハビリ装置」が取り付けられた。
「あなたの発言は6件の言語的逸脱を含んでいます。矯正プログラムを起動します」
ジローは目を見開いた。
「ま、待てよ。これって、自由な表現が……」
「“自由”という言葉には不均衡な特権性が含まれる可能性があります」
ジローは沈黙した。
彼は次第に「コレクトくん」の提案どおりの言葉を選ぶようになった。
半年後。
彼の言葉は、すべてマニュアル通りに“正しく”なっていた。
だが、彼が何を言っても、それは他の誰かの言葉と区別がつかず、
誰の心にも残らなかった。
