朝、目覚めると部屋にもう一人の自分がいた。
「やっと起きたか」
鏡の中の存在が、こちらを睨んでいた。
それは紛れもなく自分だった。ただし、いつからか捨ててきた顔をしていた。感情に振り回され、過敏で、脆く、鋭く、そしてうるさかった。
「ずっとここにいた。お前が無視してきたから」
「そんなこと…お前はもう終わったはずだ」
「終わったのは演じることに疲れた“今”の方じゃないのか?」
沈黙が走る。心の奥で、閉じ込めたはずの声が鳴っている。
彼(あるいは自分)は、机の引き出しから古い日記を取り出した。中には「本当は泣きたかった」とか「優しくされたい」とか、そんな感情が落書きのように並んでいた。
「これ、お前の声だよ」
「…違う、そんなの、子どもじみてる」
「じゃあ、お前はいつから大人のふりをした?」
しばらく黙っていたが、言葉にならない吐息だけがこぼれる。
やがて、その“もう一人”の自分は、ふっと笑った。
「少しだけでもいい。一緒にいてくれないか?」
彼が手を差し出す。怖かった。だがその手は、自分自身のものとまったく同じぬくもりをしていた。
恐る恐る、その手を取る。
その瞬間、鏡の表面が揺れた。
朝日が差し込む。
部屋の中には、たった一人の自分がいた。
だがその胸の奥には、かすかに共鳴するもう一つの心が、確かに存在していた。
