夜明け前の街角、透き通るような月が空に浮かんでいた。人々はまだ眠っていて、世界には自分一人しかいないような気がした。
拓海は、その月を見上げながら歩いていた。職場での人間関係に疲れ、何もかもから離れたくなった夜だった。
ふと、月の中に誰かがいるように思えた。
それは鏡のようなガラスの向こう側で、こちらをじっと見つめる少年だった。彼は拓海の顔をしていた。だが目だけが違う。深い悲しみと、まだ語られていない物語を湛えていた。
その目に射すくめられ、思わず立ち止まる。
「誰だ、お前は……」
問いかけると、少年は口を動かしたが、声は聞こえなかった。だが唇の動きだけで意味はわかった。
「ずっと……ここにいた。」
月が傾き、空が白みはじめた。少年の姿はゆらぎ、ガラスの奥に溶けていった。
拓海は足を止め、胸に手を当てた。あの少年は、ずっと見ないふりをしていたもう一人の自分だったのかもしれない。
通勤電車が街を走り出す。月はただの白い斑点となり、朝の光に溶けていった。
