彼女のことが好きでたまらなかった。
でも、一緒にいると決まって言い争いになった。
彼女はいつも、はっきりとものを言う。
人の顔色を伺わない。間違っていると思えば、たとえ相手が店員でも上司でも、鋭く指摘した。
それがぼくには怖くて、眩しかった。
「なんでそんな言い方するの?」
「なんであんたはいつも黙ってるの?」
僕らはいつもその繰り返しだった。
ある晩、彼女が泣きながら言った。
「私が悪いんだよね。きっと、あなたの中のなにかを、私が呼び起こしちゃうんだよ」
その言葉が、心に刺さった。
その夜、夢を見た。
暗い森の中で、誰かが僕に背を向けて泣いていた。
近づくと、それは幼い頃の自分だった。
「声をあげると嫌われるよ」
そうつぶやく子どもの僕は、影のようにかすれていた。
目が覚めて気づいた。
彼女は、僕がずっと押し殺してきた感情を代わりに演じていたんだ。
言いたいことを我慢してきた僕の“影”を、彼女は生きていたんだ。
僕は電話をかけた。
「ごめん。ずっと怒ってたのに、怒ってないふりをしてきた。
言いたいことを言う君を、羨ましくて、怖かったんだ。
だから僕は……自分の影から、君から、逃げてたんだと思う」
しばらくの沈黙のあと、彼女は言った。
「……やっと見つけてくれたね」
