目を覚ました瞬間、体が軽かった。いや、体だけじゃない。頭も、心も、まるで透き通る水晶のようだった。
「ようこそ、ファスティング・ルームへ」
壁に埋め込まれたモニターが静かに告げる。ここは政府認可の「断食カプセル」。48時間、水以外何も与えられないが、最新の医学と心理学に基づいて設計された癒しの空間だ。
飽食と情報に疲れ果てた人々が、自らをリセットするためにやってくる。
最初の12時間、猛烈な空腹が襲う。頭の中でパンやラーメンが踊り、スマホに手を伸ばそうとして、無いことに気づいて落胆した。
24時間を過ぎた頃、逆に奇妙な感覚が生まれた。時間がゆっくりと、透き通るように流れ始めたのだ。思考が深く、呼吸が静かになる。
そして48時間後。
扉が開いたとき、世界が違って見えた。
花の匂いがした。こんな都会に?
子どもの笑い声が遠くから聞こえた。今まで気づかなかったのに。
スマホも食べ物もなく、ただ“空白”だけが残された時間。それが、彼にとって“本当の充足”だったと気づいたのは、カプセルを出たずっと後のことだった。
それ以来、彼は毎月、ファスティング・ルームに通っている。
人は、食べることで満たされるのではなく、空にすることで本来の輪郭を取り戻すのかもしれない──そう信じながら。
