気づけば、部屋はまた散らかっていた。
机の上には飲みかけのコーヒー、床には開きっぱなしの雑誌、ベッドの上には昨日着たシャツが山になっている。カズキはため息をつき、またしても「片付けなきゃな」とつぶやいた。
朝、完璧に整えたはずの部屋だった。コップは洗い、本は並べ、シャツはたたんだ。まるで新築のモデルルームのように。にもかかわらず、数時間後にはこの有様だ。
「おかしいな……誰かが散らかしてる?」
そんなはずはない。ひとり暮らしだし、鍵は自分しか持っていない。
すると、窓辺の観葉植物がひとりでに揺れた。風もないのに。
「エントロピーだよ」と声が聞こえた。
ぎょっとして振り返ると、誰もいない。ただ、部屋の空気が少しだけ密度を変えたような気がした。
「物事は、秩序から無秩序へ向かう。それがこの宇宙の法則さ」
まるで、部屋のどこかに“自然法則”が潜んで囁いているかのようだった。
「でも、せっかく綺麗にしたのに……」
「それでも君は毎朝、また整える。エントロピーに抗う、それが人間だ」
カズキは苦笑しながら、ベッドの上のシャツを手に取った。たたんで、クローゼットへ戻す。
「まあ、負け戦でも、やるだけやってみるか」
彼は部屋をもう一度整え始めた。無秩序に抗うように。
