ショートショート コンフォートゾーン

目覚めると、ケンジは見知らぬ部屋にいた。

白い壁、無機質な家具、そして「コンフォートゾーン管理局」と書かれたIDをつけた男が立っていた。

「あなたは無断で“境界線”を越えました。なので、しばらく観察対象です」

「境界線? どこですか、それは?」

ケンジは淡々と答えた。

「昨日、公園で知らない人に話しかけましたね? あれがあなたのコンフォートゾーンの外です」

ケンジは首をかしげた。

「でも、ただベンチに座ってた人に“いい天気ですね”って声かけただけで…」

「それが問題なんです。あなたの設定では、見知らぬ人との接触は禁止されています。あなた自身が過去に“安全”と定めたルールに反した。」

ケンジは笑い出しそうになったが、相手の真剣な顔を見て言葉を飲み込んだ。

「戻してください。家に」

「できません。すでに“変化”が始まっています」

男がタブレットを見せると、そこには「快適領域:拡張中」という表示が点滅していた。

「これから数日、あなたは予測不能な出来事に遭遇します。雨の中で走ったり、知らない駅で降りたり、何も考えずに旅に出たりします」

「……それの何がいけない?」

「いけない、ではなく、“未知”なんです。人は未知を恐れます。ですが、あなたはもう一歩踏み出してしまった。」

男は微笑んだ。

「いずれ、管理局の監視も不要になるでしょう。あなたは、自分で境界線を描かなくなりますから」

そして最後にこう言った。

「おめでとうございます。あなたは、人生を“生き始めた”のです」

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