東京の端っこ、古びた町工場を改装したレストラン「ミライ」は、開店前からいつも行列だった。木の扉にはこう書かれている。
「マクロビオティック × フューチャービーガン」
28歳のケンジは、流行りものに乗るタイプではなかった。でも今日は違う。隣の席に座ったミナに、さりげなく恋心を抱いていたからだ。
「ここの食事、波動が高いって聞いたんです。気持ちまで整うらしいですよ」
ミナの言葉に、ケンジは苦笑いした。波動、か。オカルトっぽいけど、彼女が信じているなら信じてみよう。
出てきた料理は、色とりどりの野菜、発酵玄米、味噌ベースのスープ。肉も卵も乳製品もない。でも不思議な満足感があった。
「これ、動物性のもの全然使ってないんですね」
「そう。しかも、陰陽バランスも整えてるの。人の体は自然とつながってるって、マクロビの思想」
ミナは穏やかに微笑んだ。その顔が、今日食べたどんな料理よりもケンジの心に染みた。
「——食べるって、誰かと調和することかもしれない……」
ケンジは気づいた。自分が今日この場所に来たのは、ただの興味だけじゃなかった。誰かと、生き方を共有したかったのだ。
その夜、ケンジはひとつだけルールを決めた。
——これからは、自分の身体にも、心にも、やさしく生きよう。できる範囲で。
翌週、彼はまた「ミライ」の行列に並んでいた。
