1941年、スイス・ベルン。中立国の静かなホテルの一室で、極秘裏に二人の男が向き合っていた。
一人は、世界を恐怖に陥れた独裁者、アドルフ・ヒトラー。
もう一人は、世界を笑いで包んだ喜劇王、チャーリー・チャップリン。
きっかけはチャップリンの映画『独裁者』だった。激怒したヒトラーが「この道化師を直に見てやる」と、密かに会談を要請したのだ。
部屋には、ただ一つ大きな鏡があった。ヒトラーはチャップリンを見て言った。
「君が演説を真似すれば笑いが起きるが、私がやれば国民は直立する。」
チャップリンは帽子を取り、鏡の前に立った。
「つまり、同じ顔で世界を真逆に導いたということだ。皮肉な話ですね。」
ヒトラーは唇をかすかに歪めた。
「私を茶化したことを後悔しているだろう?」
チャップリンは鏡越しに彼の目を見た。
「いいえ。世界が笑う限り、私は後悔しない。だが、あなたはどうです?」
数秒の沈黙。ヒトラーは何も答えず、立ち去った。
その後、チャップリンは日記にこう記した。
「本物の独裁者と鏡越しに目を合わせた。私は恐れなかった。ただ、彼の目に笑いが一粒もなかったことが、少し悲しかった。」
