量子転送装置がついに一般開放された。これにより、地球のどこへでも“ほぼ即時”に行けるようになった。ただし、転送は量子レベルの再構成を伴うため、自分が本当に“元の自分”かどうか、不安に感じる人も多かった。
カオルもその一人だった。
「僕は使わない」とユウは言っていた。「量子転送って、自分を一度壊して、再構成するんだよ。壊したあと、本当に元通りになる保証はあるのかな?」
それでもカオルは、どうしても彼に会いたくなった。彼女は量子転送装置に入り、ボタンを押す。転送時間は、たったの3秒。
次の瞬間、彼女はシドニーの港に立っていた。
遠くからユウが手を振って駆け寄ってくる。
「カオル!」
「ユウ!」
感動の再会。けれど、カオルは聞かずにいられなかった。
「もしかして……あなたも、量子転送を使ったの?」
ユウは肩をすくめて言った。
「いや、飛行機で来たよ。時間はかかったけど、そのほうが本物の自分で会える気がして。」
彼のスーツケースには、空港のタグがぶら下がっていた。
カオルは思わず笑った。
「それじゃあ、世界でいちばん遅い再会ね。」
彼は優しく笑い返した。
「でも、一番確かな再会でもあるだろ?」
