「あと3時間で、48時間断食が終わるんです」
僕は公園のベンチで、隣に座った男にそう話しかけた。
男は少し驚いた表情を浮かべたあと、微笑んだ。「それは素晴らしい。体の中では、いま全軍オートファジーが活性化してる最中だな」
「そうなんですか? なんだか頭が冴えてる気はします」
男は、何かを思い出すように、空を見上げた。「昔、私もファスティングをしたことがある。ある日、72時間目にね、体の中の“誰か”と話ができたんだ」
「誰か?」
「そう。肝臓の中の老廃物の塊だった。“長いことお世話になりました”って、まるで引っ越すときの挨拶みたいだったよ。目が覚めたら、体が驚くほど軽くなってた」
僕は笑った。「冗談うまいですね」
男は立ち上がり、ポケットからひとつの紙包みを僕に渡した。「この中に、オートファジーの秘密がある」
「なんですか?」
「開けるなよ。食べたくなったら、断食の意味がなくなる」
そう言って男は去っていった。僕は包みを開けなかった。
それから断食は趣味になった。あの紙包みは、今も机の引き出しの奥にある。
たまに、食欲が暴れ出す夜、それを握りしめて言い聞かせるのだ。
「お前を食べたら、体の中の誰かが、引っ越しできなくなる」
