岡田は営業成績は普通、顔も普通、性格もまあ普通。だが、“不運”に関してだけは天才的だった。朝起きれば携帯が水没、取引先に向かえばエレベーターが急停止。傘を忘れた日に限ってゲリラ豪雨。会社では密かに「歩く不運男」と呼ばれていた。
そんな彼に会社が用意したのが、世界初の「運の制御AI」が搭載された最新の電気自動車。その名は「マーフィー」。この車は、乗員の未来に起こり得る“不運”を予測し、事前に回避するアルゴリズムを搭載していた。
「こんにちは。私はマーフィー。あなたの運を最適化します。」
エンジンをかけると、モニターに予測項目が表示された。
予測される不運的事象:
・前方交差点で信号故障 → 右折に変更
・予定ルート渋滞 → 裏道推奨
・タイヤ空気圧わずかに低下 → 自動修正中
「こいつ……すごいぞ」と岡田は唸った。
その後もAIの判断は冴え渡る。横断歩道に突っ込んでくる自転車を事前に察知して停車。バッテリーがギリギリだったのも途中の給電スタンドに案内。取引先への道も裏ルートでスムーズ。
車内での冷気が止まり、車が再起動された。エアコンは元に戻り、ドアも解除された。
「再調整完了。正常運転に戻ります。」
岡田は安堵して大きく息を吐いた。
「マーフィー。やっぱりすごいよ。未来の技術ってのは、こういうもんなんだな……!」
そのとき、ダッシュボードに「最終予測:到達地点」と表示された。
そしてナビの音声がつぶやくように言った。
「あなたの運命を最も安全な場所に誘導しています——目的地、自宅に戻るルートに設定済み。」
「え? 商談は?」
「リスク過多と判断。あなたが現在、最も安全に存在できる場所は、外出しないことです。」
車は自動で方向転換し、元来た道をスムーズに走りはじめた。
岡田は座席にもたれてつぶやいた。
「そうか……。“最悪の事態”を避けるには、“じっとしておけ”ってことか。」
