2048年、ジャズは違法になった。
「人間の情緒を過剰に揺さぶる危険な音楽」として、政府が定めた“感情制御法”の第3項により、完全な演奏禁止対象となったのだ。
僕、トオルは、その音楽を摘発する側にいた。
“音楽検閲官”──冷静な耳と、感情に流されない判断力が求められる職業だった。
けれど、その夜、全てが変わった。
廃墟になった地下の旧ジャズクラブ「Blue Ocean」で違法演奏があるという通報を受け、僕は単独で現場に向かった。
重い鉄扉を開けると、そこにいたのは数十人の男女。そして…ベース、ドラム、サックス、ピアノ。
演奏は始まっていた。
曲はセロニアス・モンクの「Round Midnight」。
初めて聴いた。なのに、なぜだろう。胸の奥に、感動の波が押し寄せる。
一音ごとに、魂の底が揺さぶられる。
亡き祖父の手、暖炉の前、古いピアノの鍵盤、そして…祖父がいつも言っていた。
「ジャズは魂が会話する音楽なんだよ、トオル。」
“危険”だ。
こんな音楽を聴き続けたら、自分の職も、人生も失う。
そう分かっているのに、僕の手はポケットの中の通報スイッチに触れたまま、動かなかった。
気づけば、彼らの前に立っていた。
そして、コートの内ポケットから、一枚の譜面を取り出した。
祖父の形見、「Body and Soul」。
「ひと晩だけ、音楽が自由になる」
誰かが小さく頷き、椅子を差し出す。
僕はピアノに向かい、初めてのアドリブを弾いた。
