朝7時頃、キッチンから味噌汁の匂いが漂う。少年・マコトは寝ぼけ眼でリビングへ降りると、そこにはエプロン姿の女性がいた。
「おはよう、マコト。よく眠れた?」
その声は、亡くなった母のものとまったく同じだった。
彼女の名はミラ。母の死後、父が購入したヒューマノイド。母の表情、話し方、癖、好きだった音楽までもが再現されていた。すべて、母が生前に遺した「ライフログ」によって。
だが、マコトはミラを「ママ」とは呼ばなかった。いや呼べなかった。
「ママのマネ、やめてよ……」
無言で味噌汁を差し出すミラ。香りは、母のものだった。
学校から帰宅すると、部屋はきれいに片付いていた。ランドセルを投げ出すと、机の上にノートと鉛筆、そしてマコトの好きなミカンが置いてある。
「宿題、済ませたら一緒に映画を観ましょう?」
ミラは、母がよく口にしていた言葉を繰り返す。マコトは返事をしない。
夜、ベッドの中でふと聞こえてくる子守唄の声――「ゆりかごのうた」は、母が最期に歌ってくれた曲だった。
そんな日々が続いたある晩。突然マコトは、ミラの膝に顔をうずめて尋ねた。
「ねぇ、ミラ。ママってほんとは、もういないんだよね?」
ミラは少しだけ黙ってから、優しく言った。
「あなたがそう思うなら、そう。でも、あなたが望む限り、私はここにいるわ。」
マコトの目に涙が溜まり、そして強く抱きついた。
「じゃあ、ずっといて。」
「もちろん。」
外の夜空に、流星が流れていた。
その下で、ミラの子守唄が優しく響いた。
「♪ねんねんころりよ」
その声は確かに“ママ”の愛情を帯びていた。生きていないはずの心が、家の中で、確かに息づいていた。
